2018年01月29日

008

 中国斉の管仲が弟子を見て言った言葉、「游居常有り、必ず有徳に就く。」。これは、遊ぶのにも家に居るのにも決まりがあれば、必ず仁に就き、親しむということ。現在は「ひきこもり」などといって、家を中心にして活動をすることを問題視する傾向がありますが、管仲に言わせればそれでいいということです。この差は何でしょうか。今の方が貧しいのでしょうか。
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2018年01月21日

007

 よく優柔不断という。しかし、漢書をひもとくと、優游不断という。どちらもグズグズして決められない様だが、誰がこの言葉を換えたのだろうと思う。私もかつてそういうこともあったが、歳をとるにつれそういうことはすくなくなった。
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2018年01月18日

006

006

 「阿弥陀」とはたまに聞かれるが、「無量」という意らしい。感無量とかの無量である。仏教的にはその「無量」を語るらしいが、一般的には無限とか数えられないということらしい。最近は「感無量」なんて聞かれないような気がする。かといって「永遠を感じます。」なんて言う人も少ない。仏像をみにいけば、「阿弥陀〜」とたまにであえるから、「無量」より「阿弥陀」の方が知られているかもしれませんね。
posted by 営造 at 09:22| Comment(0) | 日記